大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)186号 決定 1985年7月29日
抗告人
オリエント・リース株式会社
右代表者
宮内義彦
右代理人
松田安正
相手方
奥谷忠司
主文
一、本件抗告を棄却する。
二、抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一本件抗告の趣旨と理由
別紙(一)のとおりである。
第二本件仮処分申請の趣旨と理由
別紙(二)、(三)のとおりである。
第三当裁判所の判断
一本件記録中の全疎明資料、抗告人の主張の全趣旨を総合すると、抗告人が別紙(二)添付の物件目録記載の物件(以下、本件建物という)について、その所有者であつた青山鉱市との間に別紙(二)申請の理由第一項記載の停止条件付賃借権設定契約を締結し、その設定仮登記を経由し、本件不動産仮処分申請にいたつた経緯は次のとおりであることが認められ、他にこれを動かすに足る疎明がない。
(一) 昭和五九年一月二七日青山鉱市は本件建物につき所有権保存登記を経由し、その所有権を有していた。
(二) 同日受付で右青山は本件建物につき同年一月二四日住宅ローン保証委託契約同月二七日設定を原因として京阪神総合信用株式会社に抵当権設定登記(順位一番)をした(疎甲第一号証)。
(三) 同年四月三日抗告人は青山鉱市に対し金三、二〇〇万円を貸付け(疎甲第二号証)、その担保として本件建物につき抵当権設定契約を締結したうえ(疎甲第三号証)、同年四月五日受付のその旨の抵当権設定登記(順位第二番)を了し、かつ、同年四月三日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記、同日付設定条件同日付金銭消費貸借の債務不履行を原因とする停止条件付賃借権設定仮登記(以下、「本件賃借権仮登記」ともいう)を経由した(疎甲第一号証)。
(四) 同年一二月一〇日信託を原因として昭和六〇年三月二六日受付で青山鉱市は相手方奥谷忠司に対し本件建物につき所有権移転登記をなした(疎甲第一号証、同証添付の信託原簿)。
なお、右信託契約の概要は次のとおりである(右信託原簿)。
(当事者)
委託者 青 山 鉱 市
受託者 奥 谷 忠 司
受益者 服 部 清
(信託の目的、管理、処分など)
1 受託者は、本信託不動産の貸付、賃料取立、工事その他本信託財産の保存、利用及び改良等一切の管理をするものとする。
2 委託者又は受益者は、受託者の承諾を得たときは、信託不動産を無償で使用することができる。この場合において委託者又は〔編注・受益者は〕本不動産の保存、改良に関する行為をすることができる。
3 受託者は本信託財産を管理し、処分することができる。
4 本信託財産に属する金銭は適当と認める銀行に預け入れることができる。
5 省略。
6 受託者は、他人をして自己に代つて本信託事務を処理させることができる。この場合には受託者はその旨を委託者若しくは受益者に通知するものとする。受託者が、委託者若しくは受益者の指定した者をして信託事務を処理させたときは、受託者はその行為について責を負わない。
(信託終了事由)
1 契約期間は次のとおりとする。
自 昭和五九年一二月一〇日
至 委託者死亡後五年
(以下、省略)
(五) 昭和六〇年二月一五日設定を原因として同年三月二〇日受付で青山鉱市は吉田清一に対し、本件建物につき根抵当権設定仮登記(順位四番)をなした(疎甲第一号証)。
(六) 同年一月一〇日設定を原因として同年三月二〇日受付で青山鉱市は服部清に対し本件建物につき賃借権設定仮登記(順位五番)を経由した(疎甲第一号証)。
(七) 同年三月二六日抗告人の営業担当者である弥左康志が本件建物の現況を調査したところ、既に青山鉱市は夜逃げして行方不明であり未使用の状況にあつた。そこで抗告人は同三月二八日本件建物につき抵当権に基づく不動産競売の申立をした(疎甲第四号証)。
ところが四月二日右弥左康志が本件建物を再調査したところ、管理人が本件建物を三月下旬相手方奥谷忠司他数名が訪ね、鍵を開け、内部を確認し所有権が自己に移転した旨を述べており、右奥谷が現在も本件建物(マンション)の鍵を持ち、占有しているものと推認される。
(八) ところで、抗告人が青山鉱市との間で前示(三)の本件賃借権仮登記の原因たる停止条件付賃借権設定契約を締結した理由は、抗告人が青山鉱市に対し本件建物及びその敷地部分ならびに地下一階駐車場持分の購入資金として昭和五九年四月三日金三、二〇〇万円を貸付けたが、右青山はこのほか、本件建物の購入資金として前示(二)の京阪神総合信用株式会社の保証の下に太陽神戸銀行から金一、三〇〇万円の貸付を受け、借入総額は本件建物価額五、〇一〇万円の九〇パーセントに達し、しかも、右京阪神総合信用が前示(二)のとおり第一順位の抵当権設定登記を経由しているところから、抗告人が右貸付金の担保として本件建物等に取得した前示(三)の抵当権の実行につき、短期賃借者等の出現を防止する必要があると考えたことによるものであつた(抗告人の申請の理由その他疎明及び主張の全趣旨)。
(九) そこで、同年四月一一日抗告人は相手方に対し、別紙(二)(三)のとおり、本件建物につき相手方の占有を解いてこれを執行官保管とする旨のいわゆる断行の仮処分たる本件仮処分申請を神戸地方裁判所にし、その理由において、被保全権利として前示(三)、(八)記載のいわゆる抵当権と併用された停止条件付賃貸借契約の条件成就による本件建物の賃借権に基づき相手方に対する明渡請求権を主張しているものと解される(とくに、別紙(二)の申請理由六項、別紙(一)の抗告理由二項)。
(一〇) 神戸地方裁判所は同年四月一五日抗告人の本件仮処分申請を却下し、抗告人は本件抗告をした。
二抗告人主張の本件停止条件付賃貸借契約の条件成就に基づく本件建物の賃借権により相手方に対し本件建物の明渡請求権が存在するか否かにつき検討する。
前認定一(三)、(八)のとおり、抗告人が本件建物の所有者たる青山鉱市との間で締結した本件建物の停止条件付賃貸借契約は、抗告人の抵当権と同時に設定された抵当権者たる抗告人自身を権利者とするものであるから、特段の事情がない限り、専ら、本件仮登記経由後競売申立に基づく差押の効力が生ずるまでに第三者が対抗要件を具備した短期賃借権を取得した場合に、これを排除して本件建物の担保価値を確保する目的に出たものであると解すべきである(最判昭五二・二・一七民集三一巻一号六七頁参照)。
そして、右停止条件付賃借権は、競売申立債権者が競売開始決定の登記を得て、その差押の効力が生ずるまでに、第三者の短期賃借権が設定されないまま競落人が競落によつて本件建物の所有権を取得したときには、その目的を失い消滅するに至るものというほかない。
三ところで、前認定一の各事実の経緯、とくに同一(四)、(七)の事実に照らすと、競売申立債権者たる抗告人自身が有する停止条件付賃借権につき、抗告人が本件建物に競売申立をなした昭和六〇年三月二八日以前である同三月二六日に相手方が本件建物につき対抗力ある賃借権に準ずるともいい得る信託を原因とした所有権移転登記を経由し、かつ、本件建物の引渡を受けてこれを占有しているものといえるし、本件建物が競売されたと認めるに足る疎明はないから、本件停止条件付賃借権は消滅せず、前示併用賃借権の目的の貫徹に必要な限度で存続する。
そして、本件停止条件付賃貸借は本件疎明の全趣旨により前示債務者青山鉱市の債務不履行により停止条件が成就し、抗告人は前示目的を有する併用賃借権を取得したものといわねばならない。
四しかしながら、抗告人が取得するに至つた抵当権と併用された賃借権上の前示妨害排除的権利により賃貸借契約の当事者でない第三者に対し目的不動産の妨害排除ないしそのための明渡請求をなすには、それがもともと賃借権たる性質を帯有するものである以上、本来の賃借権を越えた強い効力を有するとすべき根拠がないので、賃借権に基づく第三者に対する妨害排除ないしそれを目的とした明渡請求に準じ、賃借権者たる抗告人が競売開始の登記の時点、即ち差押時点において現に目的不動産を占有するか、賃借権の本登記(但し、賃借権の重復登記がある場合は別個の問題が生ずる)をなすなどして対抗要件を具備することにより賃借権が排他性を取得した場合であることを要し、これらの占有や登記を有しないまま併用賃借権を理由として第三者に対し妨害排除請求ないし明渡請求することは許されないと考える。
五そして、本件記録中の全疎明資料によつても、抗告人の本件併用賃借権が差押前に右の占有ないし本登記を有する排他性を具備していたものでないことは明らかであり、右排他性の具備を認めるに足る的確な疎明がない。
したがつて、抗告人は本件賃借権に基づき、賃貸人でない第三者たる債務者に対し、本件建物の明渡請求権(妨害排除請求権)を有するものではなく、結局抗告人主張の被保全権利はこれを認めることができないというほかない。
六もつとも、仮処分の被保全権利は将来取得すべき期限付権利ないし条件付権利でも足りるから、抗告人が将来占有ないし賃借権の本登記をなした場合に取得すべき本件賃借権に基づく第三者である債務者に対し有する本件建物の将来の明渡請求権ないし妨害排除請求権を被保全権利として本件仮処分申請をなし得ることも考えるが、抗告人はそのような主張をしないばかりか、かりにこの点で被保全権利を肯認したとしても、次に述べるとおり本件仮処分申請にはその必要性が認められない。
即ち、いわゆる併用賃借権に基づく目的不動産の引渡ないし執行官保管を求める本件のような仮処分を求める必要性は、前示併用賃借権の特殊性に鑑み自らこれを使用収益することを確保するにあるのではなく、競落価額の下落を防止するところにあるところ、競落許可決定がなされればその必要性は解消するから前示の占有ないし本登記が競落許可決定時までに取得し得ると認める高度の蓋然性が認められない限り、右仮処分の必要性を認めるのは相当でない。
また、本件のような信託行為による本件建物の引渡が抗告人主張のように詐害信託であつて、相手方の占有が権原に基づくものでないとすれば、これは執行裁判所の引渡命令により競落人に相手方の占有を解いて引渡されるべきものであるから、本件仮処分の必要性は前示併用賃借権の担保価値の減価防止の目的に照らし、これを認めることができない。
七以上のとおり、抗告人の本件仮処分申請はその被保全権利ないし仮処分の必要性が認められず、かつ事の性質上保証をもつて疎明に代えることも相当でない。
よつて、本件仮処分を却下した原決定は結論において相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)